生まれ変わった鼻血ブー

信長正義の現在、過去、未来。

今思う『働く』ということ

今この時
「お金のため」
だけだとしたら
「もう働くことは
 出来ないかも知れない」
と思うことしばしばだ

プロとは?
プロで居続けるとは?

働くとは?
働き続けるとは?

働き続けられるのは
何でなんだろう?




2014年のこと
だからもう6年前の話

その頃
ぼくはとにかく
すべてにおいてガムシャラで
今思うと
かなり振り幅広く本気で
一生懸命がんばっていた

「振り幅」ってのは
感覚的なものだけど
”喜び”とか”落込み”とか
その度合いがとても激しく
しかもその上下の起伏を
さらに酒で増幅させていた

どっちにしても酒を飲んだ

それが当たり前で
すこぶる心地良かった

それでも
「喰うために働く」
というのは当てはまらなくて
自己実現のため」
というのがしっくりくる

具体的に言うと
整体の仕事は
施術回数を増やし
売上を月100万以上にすること
そして法人化し
規模を拡張するために
人材を育成する
「そのために」という感じだ

同時に
前年ベストメンバーが揃った
バンドの活動を本格的にしたくて
某プロダクションに所属して
本気でプロになるつもりでいた

この活動はその後間もなく
お金の問題で手痛い目に合い
そのお蔭で心から
自分の音楽に対する気持ちが
明らかになるのだが
それもガムシャラ本気の
賜物だと思ってる

それはともかく
今思うとそれらは
「経済的な成功」を目指すもの
に外ならず
それはそれで必要なんだろうけど
他の何かが欠けていたと思う

大きく欠けていた…

その頃
知り合いになった
世間的にもぼく的にも認められる
とても優秀な治療家がいて
実質成果を上げていらした

いわゆる保険医療ではなく
ぼくと同じ民間施術の自費料金で
しかもより短時間に多くの患者を
集めて施術をされるので
その報酬も桁違いのようだった

治療時間は一人につき15分程度で
絶え間なく患者がいるそうだから
6時間稼働だとしても
一日に20人以上を施術されている

ぼくはその方を尊敬しているし
今でも憧れの存在であることは
変わりない

ただ
自分が「その様になりたい」か?
と聴かれたら
今ははっきり「ノー」と答える

その頃は
「その人のようになりたい」
と思っていたし
「その人のその状況」
の方が明らかに
「自分より上」だった

今は違う


当時ぼくは
年下のプロギタリストに
ターレッスンを受けていた

その先生の活動も
ぼくにとって華やかで年収も高く
年下だが「自分より上」
の存在だった

その人にその治療家の話を
何かのきっかけでしたのだが
その年下先生の反応は意外で

「うわぁ、大変ですね、
 その毎日じゃあ
 逃げ出したくなるでしょうね笑」

ぼくはその時
その言葉を
正確には理解できなかったと思う

ただ
それから6年
独立して15年
この道に入り20年目の今
自分の足跡を振り返った時に
あらためて思う

『施術の仕事だけに
 自分を使うことはできない』

それが正直な答えだと思う

ぼくはこの答えを
「正々堂々と
 公言することが出来なかった」

何故か?

「誰かに悪い」
と思っていたからだと思う

誰か?

「その仕事一筋にがんばってきた」
誰かだと思う、たぶん…

その代表は
父親だし
母親だし
師匠だし
あの人だし、あの人だ

「〇〇のために
 自分のやりたいこともやれずに
 我慢してがんばってきた」
というその人たちで

あるいは
「地位・権益を確保するため」
自分を守ってきた人だ


話が広がっちゃったけど
「自分より上」
の存在の
その「サンプル」に
自分を「当てはめよう」とすると
当たり前のことだけど
結果的に無理がきて
「当てはまらない」自分に
嫌気がさし自己概念が下がる

そして自信をなくして
自分を見失う

そんな感じだ

プロギタリストとして
あらゆるジャンルの音楽に
即対応し
そつない成果を上げ続ける
職業人としては
当たり前のことながら
自己表現とか自己実現よりも
優先すべきものがあるだろう

プロの世界
といえば
表から見たらただ
華やかで楽しそうに見える内側に
それこそ血のにじむような
努力があったはずだ

その状況を得られたのも
それが縁とか運であっても
それを得られたことが才能だし
それに耐えられるのも才能だし
耐えたその後に
開花出来るのも才能だ

開花したからこそ
プロで居続けられる

プロで居続けられるのも才能だ

だからって
「一生涯その道一筋」
で居続けるってのも尊いけど
そうでない「サンプル」もある
それも見えてきた

たとえば古くは
大橋巨泉さんとか
上岡龍太郎さんとか
事情はともかく
島田紳助さんもそうだし
タッキーもそうかな?

女性では山口百恵さんも
キャンディーズ
事情はわからないが
飯島愛さんもそうだったのかな?

プロ全盛期でもその一線から
転身できる人もいる


『多様性』
ということを深く感じてみたい

いろんな生き方
考え方があっていいのだ

なのに
自分の固定概念からはみ出すと
その嫌悪感に我慢できずに
排他的になるのは愚か過ぎる

その嫌悪感を消化出来ずにいる
そんな人こそ
自分の中身を観るべきだ
大いに勝手乍らそう思う

いや
そう思えるように
価値観が変わった
見え方が広がったんだ

「経済的な成功」や「お金」が
「自分が今生きていてやること」
よりも
「価値が高い」
と見えていたとしたら
とてもじゃないけど出来なかった
そこに時間を使えるようになった

誰の目も気にせず
誰にも褒められずに

それは
かみさんと居る時間だし
畑に行くことだし
脇芽を摘んだり
雑草をむしることだし
酒も飲まずにご飯を作れることだ

内容や音の良し悪しや
文章や演奏や容姿や作品の
出来不出来にかかわらず
ブログや動画をネット上に
公開、発信する事をやり続ける

数多ある中から
ぼくの施術を必要として
待ってくれてる人のために
時間を費やすこと

それも
「自分が今生きてやること
 の価値が何よりも大切」
であることの証なんだと思う

そこを立ち位置として
生きていきたい

そこを立ち位置として
それが
他のためにもなりそれが
この生で『働く』ということなら
生き続けていたい

毎朝目覚めていつも快適で
「今やりたいことをやる」
そのために生きていける